我々を乗せたレンタカーは、熊本県の南阿蘇村へと向かいます。
次の見学先は「熊本地震震災ミュージアムKIOKU」
2016年の熊本地震の記憶を風化させず後世へと伝えるためのミュージアム。
設計は、大西麻貴+百田有希/o+hのおふたりです。
2020年のプロポーザルコンペで選ばれ、2023年7月にオープンした施設。
o+hが設計した多賀町中央公民館は、滋賀県でもおなじみですね。
外観は傾斜地をうまく利用して、周囲の山並みに呼応するように切り取られた屋根をふわりと阿蘇の大地に置いた感じ。
ひとめでo+hの設計とわかるアプローチ。
この敷地は、かつての東海大学阿蘇キャンパス内。
中央の写真、奥に見える鉄塔らしきものがある建物が熊本地震で被災した東海大学阿蘇キャンパスの大学校舎。
この校舎は1973年に完成。Y字型をした校舎の設計は山田守。(日本武道館や関西では京都タワーの設計で有名ですよね。何となく鉄塔の形に納得)
屋根は、特注タイル張り!
躯体変形の挙動と仕上げタイルの追随性、下地防水処理など様々な問題をクリアーしている。
周辺の風景から抽出した色・素材をもとに製作された5色のタイル。
このタイルで明-暗グラデーションを構成しているのですが、雨の中での写真でお伝え出来ないのが残念。(左写真で何となくわかるかな)
エントランス前には、飴のように曲がり今回の熊本地震の記憶をとどめた鉄骨が展示されている。(左写真)
建築は円弧を描く屋根と曲線の壁が基本構成。
メインとなる外壁はコンクリート洗い流し仕上げ。
サッシはスチールカーテンウォールでミニマムに納められている。
軒樋、竪樋はなく、軒先から落ちた雨水は、そのまま溶岩砕石が積まれたL型側溝で排水するという手法。
内部は母屋材の現わし。
内壁は、白色系の微弾性塗装で統一されているが床をコンクリートのショットブラスト仕上げとすることで
先ほどの外壁の洗い流し仕上げの記憶を内部の床の表情へとゆるやかにつなげている。
また勾配なりにリズムよく配置された母屋材は、内部を奥へと移動する時に
各開口部への目線の先、周囲の風景(阿蘇山の火口や外輪)のシークエンスにひと役かっている。
空調は開口部前の床下の吹き出しで確保している。
内外をうまくつなげた気持ちの良い建築。
ピクトサインをチェック。
溶融亜鉛メッキリン酸処理のピクトサイン(右写真)が外壁の表情と合っていい感じ。
KIOKUの奥まで行くと、その見学先は東海大学阿蘇キャンパスの校舎へとつながっている。(右写真)
校舎はY字型となっており両サイドは耐震補強工事がされていたようですが、ちょうど中央校舎前に断層があったようで・・
当然、中央校舎は亀裂が入り損傷を受けている。(写真中央)
しかし、耐震補強を行っていたエリアは無事!(写真右)
(震災建物見学のためにY字型校舎は4つに切り離されて保存されている。)
設計の仕事で耐震補強設計をすることはあるけれど、実際に地震にあった建物をみると補強の効果はあるものなんですね。
設計しておきながら、実物を見ると納得します。
被害を受けた校舎の柱、単柱タイプ(写真左)
亀裂が入り隆起したエントランス前のアスファルト舗装(写真中央)
内部も亀裂が入り、コンクリート床が隆起してる(写真右)
校舎前の断層
全長約50mの横ずれ断層のうち25mが震災当時のまま保存展示されている。
幸い今まで大きな災害にあっていないが、実際にこの遺構や震災建物をみる体験は大事。
この熊本地震を後世につなぐためにも必要な施設「KIOKU」
帰り際、微力ながら復興の一部になればと売店で「KIOKUノート」を購入し雨降る阿蘇をあとににした。
我々を乗せたレンタカーは、今夜のお宿がある「黒川温泉」へとハンドルを切っていく。





















