熊本城の一角、二の丸公園の西端にある熊本県立美術館(新建築1978.1)を訪れる。
周囲をクスノキ、エノキに囲まれ、建築高さを抑えたその建物は、気づかず通り過ぎてしまいそうな感じで控えめに建っている。
設計は、戦後の日本建築界をリードした前川國男(1905年-1986年)が71歳の時のもので前川建築の到達点といわれる晩年の建物。
前川國男の事を書いておくと、昭和3年、東京帝国大学を卒業した次の日にシベリア鉄道を経由してパリのル・コルビュジエのアトリエへ。
この時、父からは2年の期限、4500円(当時、家が2軒建つ金額との事)の経費という許しを得てパリに向かったと。
当時の事を考えるとすごい事。
知らない国外への旅立ち、グーグルマップも翻訳アプリもないしね。
その頃コルビュジエは、「サヴォア邸」の設計中でもあった時期。
ひとりの日本人が、コルビュジエのアトリエの門をたたくなんて驚きですね。
美術館は、クスノキの大木に囲まれ周囲の環境に溶けこんでいます。
当時、県から提示された「立木を大事にしたい」という要望を受け、
前川は設計スタッフに「樹木を1本も切らずに建物を建てる」というテーマを与えたとのこと。
そのため最初に300分の1の敷地模型を粘土でつくり、現地調査の実測資料や公園管理事務所から借りた
樹木配置図のとおりの位置、大きさで樹木模型を配置し計画にとりかかったという。
実際写真の様に多くの樹木に囲まれているのが分かりますよね。
その他に「建築の高さを抑えること」、「環境に融合する素材を選ぶこと」という条件も課して設計を行った。
美術館へのアプローチは、広場1、広場2、広場3とそれぞれ90°に曲りながらエントランスへとたどり着きます。
あえて道のりを長くして日常から離れ、美術館へ向かう高揚感をたかめる狙い。
美術館は、既存の樹木と遺構の保存に配慮してそれらを避けて縫うような平面配置となっている。
キーワード「ムーブマン」
前川がスタッフに繰り返し伝えた「ムーブマン」
これは、流れるようなプラン・一筆書きできる壁の流れ・連綿とつながる空間の流れ、と色々なとらえ方がスタッフ間にあったようです。
空間を計画する時、前川国男の共通キーワードとして度々「プランにムーブマンがないね」とスタッフに問われたようです。
この美術館の基本設計の文章のなかでは「動態」という言葉で表現されている。
確かに、美術館を入るとエントランスホール、各展示室入口、中央ホール、喫茶スペースの各空間が水平、垂直につながっている。
そして天井の格子梁、壁のタイル、床のタイル、平鋼手摺(厚み12㎜)がガラス開口部の外に延長され外部環境と一体になっている。
そんな大らかな空間は、今どこにいるのかが分かるし、水平垂直の移動手段(階段など)の位置もわかりやすい。
ちなみに、吹抜けホールにかかるブリッジは2004年に増設され、2018年に天井の青色、照明器具が改修されている。
気持ちの良い大空間を成立させているが格子梁ですね。通称「ワッフル天井」
格子梁の標準間隔は1800㎜、力が集中する柱回りは1200㎜。
この格子梁の精緻な型枠施工と打放しコンクリートの美しさに脱帽。
そして青い格子梁が内部から外部へ延長しているため、ますます気持ちが良い空間に仕上がっている。
中央ホールの独立柱(直径700㎜)も杉板のコンクリート打放しで美しい。
この独立柱、前川國男の師匠であるル・コルビュジエが設計した東京上野の国立西洋美術館にある19世紀ホールの独立柱を連想させる。
「ワッフル天井」
ちなみに、ベルギーワッフル
打込みタイル
前川國男の建築で外せないのが外壁の「打込みタイル」
タイルをコンクリート外型枠にあらかじめ固定しておき、型枠にコンクリートを流し込みタイルと壁を一体化させる工法。
タイルの剥落、エフロエッセンスを防ぎ耐久性のある壁面ができあがる。
「打込みタイル」は、こんな感じと、図面化したものを貼っておきます。
タイルの孔がありますよね、これが型枠セパレータ、フォームタイ用の孔。
(図面参考:前川國男のディテール 熊本県立美術館をとおして(彰国社))
外壁が「打込みタイル」への転換期となる建物が「京都会館」(昔はよくコンサートを見に行ったなぁ)現在は、ロームシアター京都。
行ってみると打放コンクリートに打ち込みタイルが部分的に使われている。
その後改良され、前川國男の建築を象徴する仕上げ材となっていく。
熊本県立美術館では、幅400㎜、高さ120㎜、厚さ50㎜の「せっ器質タイル」が用いられている。
外壁タイルの色は4種類、特に外壁のコーナー部分に注目。
濃い色のタイルで角を引き締めているのがわかる。
外壁の打込みタイルは、築50年近く経っているとは思えないぐらいに状態が良い。
前川國男 の名前をはじめて知ったのは学生2年の時。
意匠系研究室の先生の部屋にあった1冊の本。
「前川國男のディテール」(彰国社)を手にとり、
建築図面とはこんなに細かなところまで考え図面化するのか!
と建築の世界に一歩踏みいれた若造に衝撃を与えた1冊。
現在こんな良い本が絶版であるとは・・
この本の中で、ブログで触れた打込みタイルや格子梁の詳細や施工方法
その他各部屋のディテールがあますことなく掲載されています。
上の3枚の写真は、1990年に熊本県立美術館を訪れた時のもの。
その当時残念ながら美術館は月曜日で休館、外観のみの写真。
現在の写真と比べてもあまり変わっていない。
アプローチのクスノキが1本無くなったぐらいかな。
行き届いたメンテナンスと設計時から耐久性を追求した前川國男の思いが生きています。
熊本地震でも被害が出なかった美術館。
最後に
「建物は造りっぱなしではいかん。あとあと面倒をみることによって建物は生きてくる。」
「建物は長持ちしないといけないもんだよ。100年はもたせないといけない。」とは前川國男の言葉。



















